piyokoworks

つくる、はたらく、うごく、たのしむ

だんご茶会

玉造稲荷神社のだんご茶会へ。

友人の習っている茶道の先生関係で誘ってもらう。

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たまには着物で、、、(がんばった)

夏は浴衣ばかりで、お太鼓結び、どうやっけ?で格闘して無事に、、、

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先日、カレンブロッソでオーダーした草履もお目見え!これ、歩きやすい。

 

お点前を見ながらお団子をいただく

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懐紙持参したけど忘れてても大丈夫そう。だんごなので、楊枝不要。

美味しいお抹茶だった。

背景では、生演奏、と贅沢な時間

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全景はこんな感じ。

豊臣秀頼銅像の足元でだんごとお茶を頂いていたのであった。

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花かごがなかなかワイルド

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お茶券は点心(小さなお弁当)付きで1800円

点心は参集殿でいただいた。

一般参加、当日参加もOKなので、お散歩がてらお気軽に。

 

 

 

試写会「日日是好日」

公開されたら見ようと思っていた映画の試写会券を頂いたので、見に行ってきた。

映画「日日是好日

 

この映画は、森下典子さんのエッセイの映画化

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

このお茶の表紙から、私も茶道を始めた頃に読んだ本でもある。

森下典子さんはフリーライターのはしりのような方で、いくつか著書もある。

 

ストーリーの流れは、エッセイと近い

黒木華の素朴な雰囲気がこの映画の雰囲気にとても合っている

映像はある意味で茶道的なカットになっている。シーンの多くが樹木希林演じるお茶の先生の自宅であり、お稽古場でもある。

先生の生活風景は出てこない。

 

季節の移ろいが、釜、軸や花、庭の景色、設えで見せている。

 

お点前はエッセイと同じく、表千家

なので、裏千家のようにシャカシャカ泡立てるお茶ではない。

(泡立たないお茶はサラリとしている。

これもおいしい)

 

あまり書くとネタバレしそうなので、このくらいで。

 

映画の冒頭に出てくる「道」というモノクロ映画、恐らくこの映画を見た人はきっと調べてしまうでしょう


映画の名シーン「道 [最高画質版]」

喫茶店に行きたくなる映画

久々に映画館へ。
有村架純主演の「コーヒーが冷めないうちに」を観てきた。

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~公式サイトを参考にしたおおよそのあらすじ~
有村架純演じる時田数がいとこで店主の時田流と切り盛りする、とある街のとある喫茶店「フニクリフニクラ」。そこには、不思議な都市伝説があった。それは店内の【ある席】に座ると、望んだとおりの時間に戻ることができるというもの。ただし、そこには非常に面倒くさいいくつかのルールがあった。


脚本家兼演出家の川口俊和原作の小説「コーヒーが冷めないうちに」「この嘘がばれないうちに
」の映画化作品である。とはいえ、小説はオムニパス形式に進む形式で、その中からオリジナルストーリーも含め、映画の脚本家されている。映画では、喫茶店のスタッフである時田数が主人公だったり、小説に出ていない人が映画に出て来ているので、原作というよりも原案という感じがした。


映画の大半が喫茶店が舞台になっていて、ずーっとサイフォンコーヒーを沸かしていたり、おいしそうなパフェやスパゲティ、クリームソーダ、そしてレトロなカウンターやレジ・・・


季節を巡る中で、悩みを持ったお客さんが過去に行きながら、サイドストーリーでは主人公の心や暮らしの変化もあり、時に泣ける所あり、緊迫するところもある。
もちろん設定の中でいくつか突っ込みたい所もあったけれど・・・

なによりも、
有村架純がかわいい。キュンキュンする。
この映画はそれに尽きる。

エンディングも最後までぜひ見て欲しい。

コーヒーが冷めないうちに

見たあとは、コーヒーが飲みたい、、、というか、純喫茶に行きたい。


都心で映画を見るとそんなに余韻に浸れないってことがわかったので、次からはなるべく家から近いところで見よう。

テのワークショップ

「どんくりとテ」さんの手相ワークショップに参加

自分の手を見て、手相を「お守り」にする
そう、このワークショップに参加するまで、自分の「手」って実はよく見ていなかったんだなーということに気づく

 

滋味あふれる、おいしいランチを食べたあと

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じっくりと手を見つめる時間

運命線、生命線、感情線、、、
ひとつひとつ、線を追っていきながら、自分の手を見ながら、時に見せ合いながら

 

どこかで占ってもらった人は・・・

ネガティブな結果は忘れよう

手相だけで「○歳」「○年後」を詠むのは難しいから、言われたとしても忘れてもいい

よいこと、自分の素敵な面をお守りにしよう

 

最後に、1人ずつ見ていただく

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手の中の情報量が凄まじく、覚えていられないぐらい

 

たくさん、たくさん褒めていただいて、たくさんパワーを頂いたので、元気になれそうだ

 

インカコーヒーといちじくのケーキも美味しかった

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東大寺・十七夜盆踊り

毎年9月17日に開催されている東大寺・十七夜盆踊りへ。
東大寺の奥の奥、二月堂前広場で行われている。

奈良駅から東大寺までは、夜の奈良の閑散とした道のりで、本当に盆踊りをやっているのか信じがたい状況であった。東大寺南大門前に到着してようやく、遠くに音が聞こえてきた。
ところどころ鹿が休んでいた。


ようやくたどり着いた二月堂の前の広場では、すでに河内音頭で盛り上がっていた。
何重にも重なった踊りの輪のすきまを縫って、踊りの輪に加わる。

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関西中の盆踊りダンサーが集まっているような、そんな感じ。

上手い下手もアレンジも正統派もおとなもこどももごちゃ混ぜ。

 

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一般の屋台の出店ではなく、近所の方による出店は金券制で、ラムネ・綿菓子・そうめん・だんご・ぜんざいなど。

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昼間は観光客だらけなので、久しぶりの東大寺南大門
有料の大仏殿以外は夜も開門しているので、帰りに門から大仏殿をのぞきこむ

 

 

東大寺・十七夜盆踊り

空堀の記憶2018.09.07

空堀の記憶2018.09.07』聞き書きメモ


堀江で育ち、昭和28年に安堂寺へお嫁に来てからずっと安堂寺で暮らしているTさん(88歳)の風景を中心に。

 

Tさんの実家の商売は洋服屋さん。今の堀江のオレンジストリート沿いだった。堀江では、2階の窓を開けたら家具屋さんがたくさん見えた。

西区にある小学校卒業し、疎開のため福井の女学校入学。生家は昭和20年3月13日夜の大阪空襲で焼けてしまう。

(ちなみに、戦争で焼けて更地になってしまった土地は自分のところに戻らず、知らない人が勝手に畑やバラックを建てたりしていることもあった。証拠の書類も多くは焼けてしまい、取ったもの勝ち状態だった。)

戦後実家は郊外の方へ移った。

安堂寺は空襲で焼けなかったことやTさんの旦那さんやお義父さんが写真好きだったこともあり、たくさんの写真が残っていた。

空堀中心のあたりとは違い、安堂寺にはお地蔵さんはほとんどなく、戦争で焼けなかったのは「榎大明神(えのきさん)のおかげ」だという。

結婚した時はトラックで家財道具を運び、花嫁衣装を着て車で安堂寺のT家へ。当時の花嫁衣装は白ではなく、黒地の着物。

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新婚旅行は福井の親戚周り。新婚旅行の間に家族がお嫁さんが持参した花嫁道具や着物を広げてご近所さんに見せていた。当時はそんなことをされていることも知らなかった。

後々写真を見て初めて知った、とのこと。

↓この写真

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Tさんが持って来てくれた旦那さん、お義父さんの卒業アルバムには桃園公園になっている場所にかつては桃園小学校があった。

↓大正の頃は、第一桃園尋常小学校で木造校舎

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↓戦前には桃園國民學校高等科となり鉄筋コンクリート校舎へと。

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T家として、約80年間暮らしていた長屋も、15年前にタワーマンション建設で立ち退きになり、現在は同じ安堂寺通りの別の家で暮らしている。

オイルショックなどで家業だけでは難しい頃に知人から誘いを受けて、生保の営業の仕事をするようになり、68歳まで23年間空堀界隈の企業にも営業や集金に回っていた。昭和の終わり頃から保険屋さんにとっていい時代だった。

谷町筋が今よりも狭かった頃は商店街も一本の筋で繋がっていた。谷町筋の道幅が広がり、なんとなく行き来しづらくなった。

戦前戦後には自動車よりも馬車が多く走っていて、ところどころに馬の水飲み場(防火用水)と馬をつなぐところがあった。馬には水を、人には麦茶接待があったらしく、少し塩気のある麦茶だった(Oさん)。町会で麦茶接待の世話する人がいた。

デートコースは梅田から難波まで歩く。当時は信号もなかったし、ゆったりしていた。銀ブラに対抗して「心ブラ」という言葉もあった。

地下鉄第1号は梅田〜心斎橋間。しばらくは市電も同時に走っていたが、そのうち市電がなくなる。市電の運賃は6銭。

 

持ってきて下さったのは

「落下傘ニュース」のコピーと戦中の新聞コピー

これを読むと、やっぱり戦争は嫌だなって思う。

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人形劇団クラルテ「はてしない物語」

9月9日は重陽(じゅうよう)の節句(菊の節句)に人形劇を見に行った。


日本では「モモ」が一番有名なミヒャエル・エンデの傑作の1つはてしない物語
児童向けになっているが大人が読んでも十分読みごたえのある物語である。

今回、はてしない物語が大阪の人形劇団クラルテによって上演されるということで、見てきたのであった。

 

 

さて、はてしない物語自体を知ったのが昨年なのだが、エンデの「モモ」は知っていた(はず)。

 

物語にも出てくる『はてしない物語』になぞらえた赤いハードカバーの本が、物語の雰囲気をそそっている。中の装丁も2色刷りでこだわっている。

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)

 


私は小学生のころ学級文庫の本を相当読んでいたが、なぜかモモを読まなかった。。。
大人になって、ごく最近「モモ」を読んだら、ドキドキハラハラで「おもしろいやないか!」と小学生時代読まなかったことを悔やんだ。

モモ (岩波少年文庫(127))


このはてしない物語ネバーエンディングストーリーとして映画化されたが、世界観の違いやラストシーンが原作と異なるなど、エンデは認めていなかったそうである

ネバーエンディング・ストーリー(字幕版)

 

そして、人形劇のはてしない物語

長い物語を上手く要約して、かつ、原作を読んだことのない人にわかってもらうように脚本をつくる、というのは大変なことだと思う

 

限られた舞台装置で様々な表現がされていた

この舞台だけなのかもしれなけど、完全な黒子姿ではないのがよかった

 

最後は感動のカーテンコールだった。
フィナーレでは、ステージから客席に下りてきてくれるのが嬉しかった~

 

私は、舞台とか暗くなるとどうしても途中目を開けていられなくて(そしてそのまま1,2分寝てしまう…)にも関わらず(寝たんかい!)、

 

最後のエンディングでホロリと涙。

そして、カーテンコールで人形が近くに来てくれて嬉しくて涙。


そして、身近な劇団らしいのは、ホワイエでの人形たちのお見送り(写真もOK、なんならハイタッチもOK)。


物語そのままをフルで演劇にしたら何時間ぐらいかかるだろう?

なんてことを思いながら帰宅した

 

改めてクラルテについて調べてみたりして、、、

60周年に上演していた火の鳥も見てみたいな~

 

子どもがいたら友の会に入るわ、こりゃ!

 

www.clarte-net.co.jp

 

・・・・・

 

 

 

 

モモ (岩波少年文庫(127))

モモ (岩波少年文庫(127))