piyokoworks

つくる、はたらく、うごく、たのしむ

【メモ】空堀の記憶11/4



空堀の記憶第4弾~空堀の学び舎~

うっかりうっかりチラシの写真撮り忘れ、、、

 

今回は、「学校」がテーマ

地元の上町中学校で開校直後10年間教員をしていたKさんがゲスト


f:id:piyokoworks:20161107152429j:image

Kさんはその後50年間、75歳まで中高の教員をされていた方で、

上町中学校での10年間の学校の思い出と、空堀に現在もお住まいになっていることから、たくさんネタがあり、時折問いかけや質問も入れながらもたくさんお話された

 

まず、大阪市立上町中学校のある旧南区(中央区は南区と東区が合併してできた)にはかつては南中学校1校のみしかなかったが、昭和23年~26年にかけての地域(桃谷・東平・桃園・金甌)の運動により、昭和27年4月に開校された

 

開校当初は校舎がなく、南中学校の間借りや分校などで中学校はスタートした

場所は、現在と同じ場所にあったが、当初はグラウンド部分の土地が取得できていなかったが、大阪市からの税金の他、地域住民による寄付により、土地が取得できた

(例えば大阪市では愛珠幼稚園が有名であるように町民の寄付によりできた学校等は大阪市には少なくない)

現在の校舎は開校後の校舎ではなく建て替えられたもの(2代目校舎)である

 

Kさんは、上町中学に赴任した時がちょうど新任の頃で

上町中学校にいた10年間で教師の仕事、教師としての心がまえなどを学んだことや

現在居住していつことからも、特に思い入れがある学校だそう

(ちなみに奥さまは上町中学校2期生)

 

学校長の命ぜられ、水泳の得意な生徒に水泳の大会に出れるよう、水泳部をつくり、顧問になった。当時まだ学校にプールがなかったので、桃園小学校のプールを掃除を条件に借りていた

※桃園小学校のプールは戦後最初のプール、有名選手も来ていた

プールの掃除をしないといけなかったので夏は毎日下駄をはいて市電で長居から通勤していたら「いつも下駄をはいている先生」というイメージが地元の人からついていた

小学校前に水泳部の生徒が住んでいたのでプールの水を溜める役割を頼んでいた

 

ほとんどの親が商売をしているため、朝、弁当を準備できなかったので、

昼休みに自宅に昼ごはんを食べに帰っても良いことになっていた

校舎がすべて完成した頃に全員学校で弁当を食べるようになった

 

学校の校舎を作るときに、視聴覚の担当であった、放送スピーカー設置や

配線をするように言われ、図面を引き、業者さんと一緒に作業をした

卒業式に間に合わせるように必死で、前日の晩は徹夜であった

 

学校の暖房は昭和36年頃までは火鉢で、お弁当箱を温めるのにも使われていた

「カチット」が普及したことで学校にもガスストーブが導入された

これで一酸化炭素中毒の心配がなくなったそう

 

学校行事の他に、町会(自治会)の運動会の審判を頼まれたり

地元から声がかかることも、断らず、引き受けていた

 

上町中学校だけは地区生徒会というのがあり、終業式などに地区別(町別 東賑・西賑など)に生徒を分けると、しっかり者の3年生が下級生に風紀のことから学校の行事のことなど指導してくれていた。この仕組みは他の中学校にはなかったことから、昔から地域がしっかりしていたのではないか

 

お店や食べ物の思い出としては、

桃谷小学校前の「勝の家」の朝ごはん80円(ごはん、みそしる、たまご)、

五十軒筋の角には交番があり、その近くに「桃園パーラー」があった

打合せなど特別な時にだけハンバーグや海老フライの乗った桃園ランチを食べさせてもらえるのが楽しみであった

望遠鏡に凝っていたので、宿直の時には星を見る会を生徒たちにしていたら

子どもの親が子どもに食べものを持たせてくれ、ごちそうが食べれたのが良い思い出

 

 

卒業生や地域の方からの思い出は、

・熱意のある先生が多かった印象

・調理実習で炭で火起こしをしていたら一酸化炭素中毒が起こり中止になった

・上町中学校開校当初、水泳が強かった3年生は校区に住んでいても「南中学校在籍」のままだったが、メルボルンオリンピックに出場した選手がその中にいたので、

もし、上町中学校生だったら上町中学校からオリンピック選手が出ていたのにと思う

 

現在のKさんは、一人広報部として、桃谷地域の広報誌や老人会の広報誌を作っておられ、「人と人とのふれあいは遺産、財産」であることを何度も仰られていた

 

最後に市電の話を聞いてみたら、鉄道の話になり、

あれよあれよという間に他の方も一緒に話をされ、終わったからもお話は続いていた

市電は今の地下鉄やバスなんかよりも断然便利だったそう

本数も多かったし、あちこちに停留所があった

 

 

学校という場所はただのまなびやではなく、まちの人が作ったものであること、

60年近く前のことを鮮明に覚えておられ、お話されている方々の姿を見ていると

学校の思い出を大切にされていることがわかる

 

また、先生自身もまちに関わり合うことで、学校と地域が密接に繋がっているのでここまで語ることができるのだと感じた

 

今は4つあった小学校が統合し、1小学校1中学校区となっていたり、

学校選択制が出てくるなど、地域と密接なつながりが薄れつつあるのかも

 

 

参加者の方が昔の教科書や卒業アルバムなどの写真をもちよってくださり、見せてらった

 

教科書・・戦前のもの
f:id:piyokoworks:20161107152515j:image


f:id:piyokoworks:20161107152529j:image

 

金甌小学校のアルバム
f:id:piyokoworks:20161107152553j:image

当時の金甌小学校!かっこいい!
f:id:piyokoworks:20161107152617j:image

 

桃園小学校f:id:piyokoworks:20161107152625j:image

 

 

ランキング参加中 blogramのブログランキング

 

 

これまでの「空堀の記憶」



「週末、森へ」のような暮らし

益田ミリさんがだいたい好きで本は結構チェックしている

ふと、好きで繰り返し読んでるマンガ「週末、森で」

 

週末、森で (幻冬舎文庫)

週末、森で (幻冬舎文庫)

 

 

いま、「週末、森で」のような暮らしをしている気がする 

 森ではないけれど、結婚を機に田舎に移住した友人の家に月に1回ほど遊びに行く

過去のブログ記事でも紹介している京都と奈良の県境「京都府相楽郡和束町

 
f:id:piyokoworks:20161031123905j:image

斜面地に茶畑が広がる風景が和束や周辺地域の特徴

 

友人の旦那さんがお茶農家さんで、遊びに行って、農作業のお手伝いなど色々なアクティビティをさせてもらっている

ボランティアNGOに登録され、海外や日本各地からボランティアが3ヵ月ごとのプログラムでやってくる

その後、イベントや何かの折には和束に帰ってくるという

それは何度も通っている私からすれば

居心地のよい場を作っている2人の人柄が大きいと思う


f:id:piyokoworks:20161031124053j:image

ひょっこり虫が登場することも 

 

さて、先日は茶畑ではなく、林へ

和束町は山が多いエリアで、茶畑も必然的に斜面地にある

その茶畑のさらに奥にある山の中へ

地元の方の松茸採りに参加させてもらえることに

 

山の中、登山のような道ではないけわしい道を進む

松の根元にある松茸を求めて

今年はあまり採れていないとのことで

地元の方は必至の捜索

 

地元の人が見つけた松茸を採らせていただくことに
f:id:piyokoworks:20161031124118j:image

根元をつまんで、キュキュっと抜くとすぽっと。

 

 

私達も教わったところを探してみるがなかなか簡単に見つかるものじゃない

 

あとから聞くと、松茸採りは、一定の期間だけしかできず、

また、町に住んでいる方が入札をして松茸採りの権利を得て初めてできるそう

 

私達がお邪魔した山は地区のもので、入札したお金は地区のお金にもなり、

まちの整備などのために使われるそう

聞いてみると結構な金額を支払っているので、そら必死だわ、、、

 

 

私達は採らせてもらえただけで、

見つけられなかったのでもちろんもらえなかったけど^^;

 

素敵な良い方ばかりで良かった

 

 そうそう、「週末、森へ」の10年後のお話もよかったですよ^^

 

きみの隣りで

きみの隣りで

 

 

 

ランキング参加中 blogramのブログランキング

村のヒュッテ~千早赤阪村~

水を買ってる間に乗りたかった電車に乗れず途方に暮れたものの、、、

やはり行きたかったから向かうことに

 

バスは、住宅地を抜け、田んぼと集落、山、カーブが続き、到着

f:id:piyokoworks:20161029152629j:image

登山客に紛れて降りる

 

手作り看板発見!

f:id:piyokoworks:20161029152732j:image

 

すれ違うがっつり登山の方々からしたら、

えらいラフですけど??みたいな格好

ほんまにあるんかいな?みたいな道
f:id:piyokoworks:20161029152800j:image

 

到着!

アトリエfu-kaさん
f:id:piyokoworks:20161029153005j:image

 

素敵な空間!

f:id:piyokoworks:20161029153217j:image

陶芸のほか、リネンの洋服や小物、雑貨などが出店

 

器いろいろ欲しすぎて困った。。。

f:id:piyokoworks:20161029153339j:image



 

f:id:piyokoworks:20161029153455j:image

本気で買おうかとも思ったけど、

欲しい気持ちを一旦家に持ち帰る

 


リネンの服も素敵だった

こちらは実店舗に行ってみよう

linogu.mond.jp

 

 

欲しい気持ちを抑えておやつタイム

f:id:piyokoworks:20161029153539j:image

緑の見えるところにデッキスペース

この企画では、カフェコーナーとなっていた

f:id:piyokoworks:20161029153611j:image

ケーキ、おいしすぎるんですけど

とくにマフィン

コーヒーもこだわりコーヒーで美味しかった

(コーヒー屋さんは実店舗が今なくてイベントのみ)

 

ケーキはこちらのお店

www.yakigashi-tafuku.com

 

 

時間とともにだんだん寒くなり、

息が白くなってくる

雪はクリスマスの頃だそう

 

帰りに水を汲み(ミニサイズのペットボトルだけだったのが悔やまれる)

美味しいと言われてる豆腐をおみやげに買う
f:id:piyokoworks:20161029153720j:image

f:id:piyokoworks:20161029153744j:image

 

 

ランキング参加中 blogramのブログランキング

からほりごはん×カラホリナガヤ

日常というか活動のきろく。

 

「からほりごはん×カラホリナガヤ~ごはんを食べながら長屋について考えてみよう~」

f:id:piyokoworks:20161028134021j:plain

 

イデアから実現まで2ヵ月弱、、、、

色々な案の中で結果的にこれでよかったと終わってみて思う

現在進行形の企画から、

プレ企画としての位置づけにもなり

これからの企画を考える上でも丁度よい内容とボリュームでできた

 

会場は元居酒屋の長屋をお借りして

 

普段は半分リビングのように使われているため、生活がところどころみえるのも面白い

f:id:piyokoworks:20161029145509j:image

リハーサル中(*´Д`*)

 

いつもは本当の料理上手にお願いするけれど、トークがメインなので勢い余って自作したおでん( ;´・ω・`)

f:id:piyokoworks:20161029145147j:image

大根、厚揚げ、練り物、鳥モモ肉

すべて空堀界隈で買えるものだけでつくる

(出汁は昆布だけ、、、)

 

前半は、「長屋」をテーマにトーク

準備いただいたスライドをもとに熱く語っていただく

「長屋の光と影」「民泊、不動産価値」「木造長屋を建てたら?」「まちづくり」・・・

豆知識もあって、予想以上に面白かった


f:id:piyokoworks:20161029145639j:image 

参加者の少ない、ややセミクローズだったからこそできた話も

 

後半は、お楽しみのごはん&歓談

f:id:piyokoworks:20161029145709j:image

空堀界隈で買えるごはんたち

パン屋さん激戦区なだけにパンはたくさん

おでんは、煮込み時間短くて大根はまだ味が染みてなかったけど、結構食べてもらえたので、よし!

 

地元出身の方からの昔話や近所付き合いの話、個人的な話やまちの情報交換など

歓談していると時間もあっという間に過ぎる

 

 

ランキング参加中 blogramのブログランキング

【メモ・備忘録】ブライダル産業に頼らない結婚式 パーティー編

 結婚式編のつづき


結婚披露宴や2次会というのは

「参加者に負担がかかる」

「会場のキャパで参加人数が決まる」

のがけっこうネックだなぁと思っていたり、

 

数年前の友人の結婚パーティーが「会費3000円で飲み食べ放題(友達みんなの手作り料理)」「入退場自由」「会場は建物全体!多目的ホールや教室などの小部屋がたくさんあるところ」で、100人以上の人が来ていて

このシステムは自分の時にも使いたい!と思っていた

 

f:id:piyokoworks:20161019110004j:plain

 

 ー基本的な方針

参加費は安く

入退場自由

おひとりさまOK、家族連れOK

できれば遠方の住んでいる人もひょっこり来て欲しい

 

ー会場をどうするか?

自宅(広い実家)開放

野外活動センター的なところ(だれかのSNSでみた)

友人がやったところ

 

ふと頭に思いうかんだのが

「難波の宮跡公園で(ゲリラ)ピクニック」

※この構想は結婚式の日程を決める前に決まっていた(2015年夏~秋ごろ) 

 

ーどんな風にする?

2016年年明けごろ ランチ会や顔合わせの会などで

サポートしてくれる友人とランチをしながら雑談の中でふんわり構想が固まる

 

イラストレーターの友人にはイメージイラストを書いてもらう

ダンサーの友人には踊ってもらう

ボーイスカウトのメンバーには余興とゲームをやってもらう

 

結婚式前の段階で決めれたこと~

日程は昭和の日(雨天は次の日)

※結婚式の1ヵ月とすこし後

 

おにぎり+プチみやげ付き500円(子ども無料)

おかずは各自持参

 

招待状はFBイベントページ(非公開)にて行う

個別にメールやはがきはSNSの届かない方に絞る

 

その後は結婚式の準備やなんやかんやであまり進まず

 

2016年3月上旬 FBイベントページ作成&招待

 

ー絵が上がってきた!!

すてきすぎる!!→カバー画像変更

 

そして結婚式

→プチ招待状を見に来てくれた友達に贈るお菓子に入れる

 

ー当日のプチギフト欲しいよね

友人の茶農家に嫁ぐ予定の友人にお願いして紅茶ティーパックを作ってもらう

 

イラストを利用したポストカード作成(修正はイラスト作成者に)

※ウェブ印刷発注。。。時間がなくて高くついた(汗;

 

 

包装材を買いに行き、2日前ぐらいから袋詰め(内職・・・)

 

ーピンチ!!おにぎりが!!

と、言うているとき、祝日のため、お店がやっていないので

期待していたお店でおにぎりが買えない!

 

やっぱり握るか!!??100を超えると結構大変らしい

 

そこで、3か所に分散発注してもらう

 

Aおにぎりや(近い) 50個

Bおにぎりや(遠い) 60個

C農家支援の友人に依頼 40個

 

Bおにぎりやへは友人夫婦にお願いして朝から取りに行ってもらう(感謝)

 

ーそして当日をむかえる

晴れた!!!晴れた!!

それだけが一番うれしい

 f:id:piyokoworks:20161019112018j:plain

 

おしゃれピクニックしてくれている友人たち(いーなー・・・)

f:id:piyokoworks:20161019112031j:plain

 

ダンスや太鼓のワークショップ、ロングロングゲーム

f:id:piyokoworks:20161019112119j:plain

 

ーまとめ

難波の宮跡公園は広い!!

我々がこんなにがやがやしていても、ちょっと離れると日常の公園の風景

友人同士が出会い、つながり合えたこと

1つのコミューンとなれたことが素晴らしかった1日

f:id:piyokoworks:20161019112407j:plain

 

 

<友人に頼んだこと>

・イラストの作成

・FBイベントページの作成

・ギフトの紅茶の作成

・おにぎりの発注

・ドリンクコーナー(自発的申し出)

・パフォーマンス、ゲーム

・設営

・写真撮影

 

<ちょっと大変だったこと>

・荷物の運搬(往復タクシー)

(意外とプレゼント頂いたので帰りも大荷物だった)

・公園のトイレがびっくりするほど汚かった(T_T)

・ごみの処理

(自転車できていた友人数名にお願いしたり、うちの店の前なら置いてくれていいよというありがたい言葉)

 

 

結婚式編から読みたい人はこちらから

piyokoworks.hatenablog.com

 

 

blogramのブログランキング

【メモ・備忘録】ブライダル産業に頼らない結婚式 その3

この記事のつづき

 

その1はこちら

 

*************

 

2016年2月中旬 祖父と最後のお別れ

脳梗塞で1年半ほど入院していた祖父がぴったり挙式1ヵ月前に亡くなり通夜、葬儀へ 

 

親族が集まっているため、親族挨拶にもなって良かったかもしれん

ちゃんと挨拶せーよーってことやろか

 

喪中になった時の結婚式については喪が明けるまで延期、中止にすることもある

※実際友人の中には延期した人もいる

「身内が亡くなった人は、神社の鳥居をくぐってはいけない」という言われもある

 

→神社側と相談(電話にて)

「神社の敷地に入る前にお祓いをして、その後入ってもらう」

ということになり、挙式は予定通り行うことに

 

 

2016年2月中旬 友人の挙式&打合せ

たまたま友人の挙式が私達と同じB神社で行われたお祝いを兼ねて見学に

友人席に座らさせてもらって、挙式の流れや時間の動きも確認

 

その後食事会について打合せ

会場や借りる備品の確認

見積書の確認

アレルギーなどの対応もあり、「座席表」が必要

プログラムや司会者はどうする?

 

 

2016年3月上旬 座席表をつくる

やっとスイッチが入る

座席を決める(パズルや!これは!!)

ネットにある座席表テンプレを使って作成し、いい紙でプリント

あと、座席名札も作成し、いい紙でプリント

 

突然の・・・

相方がデザートがないからコーヒーを振舞いたいと言い出す

仕出し屋さんがもっそいいい方で

ティーカップもお湯も用意して下さる(追加料金なし!!)

 

2016年3月中旬 こまごました買い物と搬入

コーヒー豆を買いに行ったり(ついでにお茶もする)

焼き菓子を買いに行ったり(友人配布用とコーヒー用と)

プチギフトの和菓子を買いに行ったり

 

一式そろえて神社に前日持ち込み(自転車で・・・)

 

 

2016年3月中旬 挙式当日!

早朝のお祓いにはじまり、

着付け、写真撮影、説明、、

 

友人たちがふらーっと見に来てくれて、嬉しくて手を振りたかったけど

厳粛な場、、、一応真顔で(友達が送ってくれたムービー見たら母つまづく)

よう化けたなと言われたり(笑)

 

こんな日々も何年もたてば忘れてしまうのだろうか?

 

食事は一般の仕出し弁当からするとちょっとしょぼい気もしたけど、

食べきれないよりは食べきれた方がよかったので、これはこれでよかったかなと思う

(親からは料理イマイチと言われたけど、過ぎたことはしょーがーない)

 

終わってみると・・・ちょっと燃え尽き症候群

f:id:piyokoworks:20161013115329j:plain

 

引き出物について

挙式後、今までお祝いを頂いた方を含め、

お礼状をつけて手渡しやゆうぱっくで送付

 

郵便局でながーいレシート見たの初めてだったわ

未だにお祝いのお返しができていない人もいる・・・(--;)

 

 

【まとめ・反省点】

実際やってみて(2度目はないと信じるとして)

イベントのように反省して来年に、というやり直しが効かないことを痛感(笑)

まあ、結構大変だったのでもう一回やりたくはない、、

 

コーディネーター&プロデューサーは自分たち であるということ

・神社、写真屋、料理、引き出物 すべて入金先、支払方法がバラバラ

 誰かの手間賃がかからないので結果的に安上がり

・明瞭会計!パンフレット記載価格以外追加なし

 神社によっては商魂たくましいと感じるパンフレットもあったので、

 そういうところは違うと思われる

・カメラマンはもうちょっとお金かけてでもこだわっといたら良かった

 神社提携のところがいまいちだった、、、安いのにはわけがある

・親に対するスルースキルが必要

 親からの先回り発言にイライラ募り、爆発し、喧嘩の原因に 

・親族なので、お祝いのお返し(引き出物)は半分でなくてもよいと言われた

 これは家の考えによって違うので一概には言えないが・・・

 →これも割と安く上がった要因かもしれない 

 

思い出したら追記しよう。

blogramのブログランキング

*** 次は自由なパーティー編

piyokoworks.hatenablog.com

 

 

blogramのブログランキング

【メモ・備忘録】ブライダル産業に頼らない結婚式 その2

この記事のつづき


 

**************************

 

細かいことが立て続けに起こる約3ヵ月・・・

恐らく、半年前とかもっと長いスパンでやれば疲れないんだろうけど

 

f:id:piyokoworks:20161013115415j:plain

無事にできるのかしらね??

 

 

 

2015年12月下旬 神社ファーストコンタクト(私)

神社の職員であり挙式担当のAさんとファーストコンタクト

とても上品なご婦人です

 (この方なしでは最後まで成し遂げられなかったといっても過言ではない!素敵な物腰と物言いに我々もファンになっていた)

 

ということで、

神社正式申し込み(申込用紙記入)

次回は出席者を確定したあと、

年末年始を挟むので年明けに打合せ予定

 

一応出席者の確認として親にまず確認

親兄弟の他は、おじ・おば・いとこ・いとこの子に加えて、

来賓として友人4名のみの予定だったが、親族が少し追加になったりなんやかんや

親族決めるのって結構大変。。。

 

2016年1月中旬 2度目の打合せ

出席者が確定した段階で神社に伺う

出席者一覧表を神社で記入する

(私がさくさく書いている横で相方が焦ってパニクってたな・・・)

 

当日の流れや集合時間などの説明があり、

普通ならここで当日まで打合せがないのだが、我々は、、、

 

2016年1月上旬 結婚式の後の親族の食事会について

近隣の和食のお店に電話するも日程は空いているらしいが

ここのお店は35名まで

(この時点で35名超えるか超えないか微妙なところ)

 

―ピンチ!!食事会場が決まらない

 友人から聞いた他の近隣会場もネット上で調べるも、

移動するには人数も多すぎる、着替えはどうなる?

足の悪いおばあちゃんがいる

 

色々話合った結果、神社の部屋(ホールのような部屋がある)を借りることにする 

Aさんの経験では、披露宴での利用はやったことがない

すぐ近くに大きなホテルがある

→ここでも良かったがお店がいまひとつだな~と思って

 

会社の励会などの利用で出入りしている仕出し業者を紹介してもらい、

メニューや見積を出してもらう

 

と、後日東京にいるいとこの奥さんと子ども達も参列したいという連絡があり、

参加者は自分達を除いて40名でFIX(神社にしといてよかった、ほっ)

 

 2016年2月上旬 衣装打合せ

私の知人である着付けの先生(70代女性・以下Cさん)が

挙式の着付け及び衣装全般担当してくださった

 

主にCさん宅にて私が出向いて打合せ

 

自分の衣装は写真などで確認し、費用についても合意

 

相方両親に頼まれていた黒留袖を依頼、親族の着付け希望人数の伝達

モーニングの衣装屋さんを紹介してもらう

 

CさんとはLINEなどでやりとりしながら、その間黒留袖のデザインについて送られた来た写真を親にメールで送り確認しながらやりとり

伝書鳩が一番疲れる)

 

→モーニングの衣装合わせは当日1週間前ギリギリに・・・ 

 

2016年2月中旬 招待状をつくる

デザインは、色々な人の招待状や招待状テンプレート(便利な世の中)を参考に作成

→親族なので一番スタンダードに

画材屋さんで買ってきたいい紙にプリント

はがき用の紙が厚すぎて読み込まず、すんげー時間かかる

切手は慶事用のを購入し、その日のうちに郵便局に出す 

 

*** その3に続く

piyokoworks.hatenablog.com